バイヤー時代から、ずっと気になっていたことがあります。
ブランドの名前も背景も知らない人が、その服に初めて袖を通したとき、何を感じるのか。
はじめまして、フリーランスのファッションライター・矢崎蒼太です。
文化服装学院を出た後、セレクトショップでバイヤーを5年やっていました。
主にアジア圏のストリート系・テック系ブランドの仕入れを担当していた人間です。
バイヤーの仕事をしていると、どうしても服の「文脈」に引っ張られます。
どこの国の誰がデザインしていて、どんな思想があって、どのショップが扱っているか。
そういう情報が先に入ってくるので、純粋に「服そのもの」だけを見る目が鈍ることがある。
じゃあ、そういう情報をまったく持たない人が着たらどうなるか。
素材とシルエットだけで勝負したとき、その服は人を動かせるのか。
今回、ハノイ発のストリートブランド「HBS」のアイテムを、ブランドを知らない友人3人に着てもらいました。
結果が自分の予想と少し違っていて面白かったので、記録として残しておきます。
目次
HBSとは何者か
本題に入る前に、HBSについて簡単に整理しておきます。
HBSの正式名称は「Hanoi Boys Swagg(ハノイボーイズスワッグ)」。
2011年にファッション・音楽・アートに共通の関心を持つチームとして活動を開始し、2015年に正式にブランドとして確立しました。
本拠地はベトナム・ハノイです。
デザイナー夫妻が立ち上げたブランドで、妻のLinhがブランドマネージャーを務めています。
もともとは欧米のストリートファッションを参考にしていたそうですが、現在はベトナムの文化やアイデンティティをデザインに落とし込む方向にシフトしています。
「ベトナムについて人々に知らせたい」というブランドの意志が、服の随所に反映されている。
特徴的なのは、その熱量の高さ。
PR TIMESのプレスリリースでは「ベトナムのカルトブランド」と紹介されており、店舗オープン時には300人以上が行列を作ります。
限定アイテムはリセール市場でプレミア価格がつくことも珍しくありません。
HBSの主な特徴をまとめるとこうなります。
- 大量生産をしない売り切り戦略
- リフレクティブ素材(光を反射する機能素材)の積極的な活用
- 独自のオーバーサイズシルエット設計
- 価格帯はおよそ5,000円〜20,000円超
「ストリート」と冠しながらも、素材とパターンにかなりこだわっているブランドです。
ターゲット層は22〜30歳で、Instagramの公式アカウント(@hbsvnofficial)のフォロワーは約6.9万人。
ベトナム国内では知名度が高く、ELLE Man Vietnamの「ハノイを代表するローカルブランド5選」にも選出されています。
日本では「60%(シックスティーパーセント)」というアジア10ヶ国以上のストリートブランドを扱うオンラインセレクトストアで購入できます。
2020年に60%へ初出店して以来、日本のファッション感度の高い層にじわじわと広がっている印象です。
今回着てもらったアイテム
用意したのは、HBSのストライプオーバーサイズTシャツ。
一見するとシンプルなボーダーTです。
でも実際に手に取ると、肩の落ち方やボディの幅に計算された独自のシルエットがあります。
素材の厚みもちょうどいい。
薄すぎず、重すぎず、ドレープが自然に出る設計です。
バイヤー時代にハノイの展示会で初めてHBSに触れたとき、このTシャツのシルエットに驚いた記憶があります。
見た目はシンプルなのに、着ると身体のラインの出方がまるで違う。
いわゆる「テックウェア」的な機能素材ではないのに、パターンの設計で着心地と見栄えを両立させている。
このアイテムを選んだ理由は「ロゴやグラフィックで勝負していないから」。
ブランドロゴが大きく入っていれば、それだけで「高そう」「おしゃれそう」という先入観が生まれます。
でもこのTシャツにはそれがない。
純粋にシルエットと素材感だけで服の良し悪しが判断される、実験向きの1枚だと思いました。
3人の友人に着せてみた
今回協力してもらった3人のプロフィールはこちらです。
| 名前 | 年齢・職業 | ファッション傾向 |
|---|---|---|
| Aくん | 28歳・IT企業勤務 | 服にこだわりなし。ユニクロ・GU中心 |
| Bくん | 30歳・Web制作会社勤務 | 古着好き。リーバイスやチャンピオンを愛用 |
| Cくん | 26歳・アパレル勤務 | ハイブランド志向。バレンシアガ、ヴェトモンが好き |
全員、HBSというブランドを知りません。
事前情報はゼロの状態で、ただ「このTシャツ着てみて、感想聞かせて」とだけ伝えました。
Aくんの場合(服にこだわりなし)
普段はユニクロとGUが中心のAくん。
「服は着られればいい」タイプで、ブランドには一切興味がありません。
着た瞬間の第一声は「あ、なんか違う」でした。
何が違うのか聞くと、「肩のあたりの感じ」と「生地のしっかり感」だと言います。
専門的な言葉は使わないけれど、身体が感じた違いをそのまま口にしている。
これが面白かった。
Aくんは自分で鏡を見て「これ、いくらするの?」と聞いてきました。
価格を伝えると「思ったより安い」という反応。
普段1,500円のTシャツを着ている人間から出る「思ったより安い」は、なかなか重い言葉です。
つまり、見た目と着心地から受ける印象が、実際の価格より上だったということです。
ちなみにAくんは後日「あのTシャツどこで買えるの?」と連絡してきました。
服に興味がない人間を動かしたのだから、大したものです。
Bくんの場合(古着・アメカジ好き)
リーバイスの501やチャンピオンのリバースウィーブを愛用しているBくん。
「ストリート」は守備範囲だけど、アジアの新興ブランドにはまったく興味がない人です。
着てみての感想は「シルエットが独特」。
自分が普段着ているオーバーサイズとは落ち方が違う、と言っていました。
アメカジのオーバーサイズは生地の重みでルーズに落ちるけど、HBSのそれは「構築的」だと表現していたのが印象的です。
肩から袖にかけてのラインに意図があるのが、着てみてわかるらしい。
古着のオーバーサイズは「大きいサイズを着ている」感覚だけど、HBSのそれは「設計されたシルエットを着ている」感覚なのだと。
この違いを言語化できるあたり、さすが古着を見続けてきた目だと感心しました。
「でも俺は買わないかな」とも言っていました。
理由を聞くと「自分のスタイルとは違うから」。
これは否定ではなく、服の個性をちゃんと認識した上での判断です。
むしろ、個性が正しく伝わっている証拠だと感じました。
Cくんの場合(ハイブランド志向)
バレンシアガやヴェトモンのようなラグジュアリーストリートが好きな後輩のCくん。
「ストリートウェアは、ある程度の価格帯でないと信用しない」と普段から公言しています。
この人の反応が一番予想外でした。
着た後しばらく黙って鏡を見ていて、ひと言「悔しいけど、これ良いな」と。
何が良いのか聞くと、「シルエットの計算がハイブランドと同じレベルでちゃんとしている」と言いました。
ブランド名を聞いて「知らない」と言った後、価格を聞いてさらに驚いていた。
「この値段でこのシルエットが出せるのは、生産背景が違うからだろうね」というのがCくんの分析です。
ベトナム生産だからこそ、品質を保ちながら価格を抑えられるのではないか、と。
ハイブランド好きの人間に「悔しいけど良い」と言わせたのは、なかなかの結果だと思います。
正直、Cくんは「まあ値段なりでしょ」と一蹴すると予想していたので、この反応は嬉しい誤算でした。
3人の反応から見えた「ハイエンド」の本質
3人の感想を整理すると、共通点が浮かび上がります。
- Aくん:「肩のあたりの感じが違う」
- Bくん:「シルエットが構築的」
- Cくん:「シルエットの計算がハイブランドレベル」
全員が「シルエット」に反応しています。
ブランド名は知らない。
ロゴが目立つわけでもない。
でも、袖を通した瞬間に「何かが違う」と感じている。
ここに、HBSが「ハイエンド」と呼ばれる理由の核があると思います。
「ハイエンド」という言葉は、よく価格の高さと結びつけられます。
でも本来は「最上級の品質や性能」を意味する言葉です。
HBSは1万円前後の価格帯で、シルエットの設計と素材選びにおいて「最上級」を目指している。
その姿勢が、ブランドを知らない人の身体にもちゃんと伝わっていました。
Cくんが言った「ハイブランドと同じレベルの計算」という感想が、それを端的に表しています。
バイヤー時代、仕入れ先を選ぶときに「ブランド名を隠しても欲しいと思えるか」を判断基準にしていた時期があります。
タグを見ないで着てみて、それでも「これは良い」と思えるかどうか。
今回の実験は、まさにその基準をブランド外の人間に試してもらったようなものです。
結果は、3人全員が服の力を認めた。
これはシンプルに、すごいことだと思います。
「知らないブランド」が持つ可能性
ここからは少し視野を広げた話をします。
fashionsnap.comの2026年注目ブランド特集でも取り上げられている通り、アジア発のストリートブランドへの注目度は年々高まっています。
Fortune Business Insightsの市場調査によると、アジア太平洋地域はグローバルストリートウェア市場の約36%を占めており、2026年の市場規模は1,450億ドルに達する見込みです。
韓国のBinary01、中国のA FEW GOOD KIDS、フィリピンのFortune W.W.D.など、アジア各国から個性的なブランドが次々と出てきています。
Fortune W.W.D.は2026年春夏から伊勢丹新宿店での取り扱いが始まるなど、日本市場への参入も加速中です。
この流れの中で、HBSのようなブランドは面白いポジションにいます。
欧米のハイブランドのような「名前で売る」力はまだない。
でも、服そのもののクオリティで人を納得させる実力がある。
しかも、ベトナムという生産拠点のアドバンテージを活かして、品質と価格のバランスが非常に良い。
Gen Z世代を中心に、ファストファッションを避けて「量より質」を選ぶ消費行動が広がっています。
大手ブランドの名前に頼らず、素材や作りの良さで選ぶ層が増えている。
HBSはまさにその文脈にハマるブランドです。
今回の実験で、それが確信に変わりました。
ブランド名を知っているかどうかより、着たときに身体が反応するかどうか。
ファッションの本質って、結局そこだと思っています。
HBSのハイエンドなアイテムを詳しくアーカイブしているブログもあるので、気になった方はチェックしてみてください。
素材やシルエットの分析が丁寧にまとめられていて、購入前の参考になります。
まとめ
HBSを知らない3人の友人に着てもらった結果、全員が「シルエット」に反応しました。
ブランドの知名度でも、価格の高さでもなく、服そのものの設計力で人を動かせるかどうか。
それが「ハイエンド」の本当の意味なのだと、改めて感じた実験でした。
HBSは日本ではまだ知名度が高いとは言えません。
でもそれは「知られていない」のではなく、「これから知られる」段階にあるということ。
元バイヤーの勘として、この手のブランドは一度火がつくと早いです。
気になった方は、まず1枚手に取ってみてください。
名前を知らなくても、身体が「違う」と感じる服は、着る価値があります。
日本では60%のオンラインストアで購入できるので、気軽にチェックしてみてほしいです。

